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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)141号 判決 1981年4月27日

東京都八王子市小門町五三番地

原告

東邦開発株式会社

右代表者代表取締役

木住野哲男

右訴訟代理人弁護士

嶋村富士美

佐々木茂

鈴江辰男

東京都八王子市子安町四-四-九

被告

八王子税務署長

小林實

右指定代理人

都築弘

重野良二

清水茂理雄

三浦道隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

被告が昭和五二年一二月二六日付でした原告の昭和五一年七月一日から昭和五二年六月三〇日までの事業年度の法人税の更正処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  本件処分等

原告は、輸出用品及び家庭用品の卸売業を営む会社であるが、昭和五一年七月一日から昭和五二年六月三〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について、原告のなした確定申告、被告のなした更正処分(以下「本件処分」という。)及びこれに対する審査請求の経緯は、次の表(一)記載のとおりである。

表(一)

<省略>

2  違法事由

本件処分は、原告が訴外株式会社キヨ(代表取締役安富清之。以下「キヨ」という。)に対して有していた債権七二〇九万八六一六円(以下「本件債権」という。)が本件事業年度において貸倒れとなったので、昭和五二年六月二八日右債権全額を放棄し、本件事業年度の損金に計上したところ、右貸倒れの事実を否認して損金算入を認めず、原告の欠損金額を過少に認定した点において違法な処分であるから、その取消しを求める。

二  原告の請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、本件債権が存在したこと、原告が昭和五二年六月二八日本件債権全額を貸倒れにより放棄したとして本件事業年度の損金に計上したこと及び本件処分が右損金算入を否認したことは認めるが、その余の主張は争う。

三  被告の主張

1  欠損金額の算定根拠

原告の本件事業年度の欠損金額は、次の表(二)記載のとおり、申告欠損金額に事業税損金算入額及び欠損金額計算誤びゆう額を加算し、貸倒損失損金算入否認額を減じた三九九万三九六二円であるから、右金額と同一の金額を欠損金額として認定してなされた本件処分は適法である。

表(二)

<省略>

2  貸倒損失損金算入否認の根拠

(一) 原告は、昭和五二年六月二八日付で本件債権全額を放棄する旨の債権放棄書(以下「本件放棄書」という。)を作成し、キヨに交付しているが、その後に次のようなことが行われている。

(1) 同年八月六日付で原告とキヨ及び訴外東京商事株式会社(代表取締役はキヨの代表取締役と同一人。以下「東京商事」という。)との間で、東京商事が本件債権につきその債務全額を引き受ける旨の債務引受契約を締結した。

(2) 同日付で原告は、キヨに係る当庁昭和五二年(ヒ)第一〇〇三号会社整理申立事件(以下「本件会社整理申立事件」という。)の取下げに同意した。

(3) 同年九月一三日付で原告とキヨ及び訴外株式会社ヘラルド(代表取締役はキヨの代表取締役と同一人。以下「ヘラルド」という。)との間で、<1>本件債権七二〇九万八六一六円の存在を確認する、<2>ヘラルドは本件債権のうち三割相当額二一六二万九五八二円について重畳的に債務引受をする、<3>原告が右三割相当額の支払を受けた場合本件債権のうち、その余の分を放棄する、などの内容の債務弁済に関する和解契約を締結した。

(4) キヨは、右(3)の和解契約に関し、本件債権の七割相当額を原告が放棄したので、これに基づき昭和五三年五月末日(キヨの決算期)をもって右七割相当額について原告から放棄を受けた処理をする旨の確認を同年一月三一日付で原告に対して行った。

(二) 右のように、本件放棄書の作成後においても、原告は終始一貫して本件債権の債権者たる地位において行動しており、また、キヨにおいても原告を本件債権の債権者とする諸手続を行っていたことからみると、本件債権は、本件事業年度の翌年度になされた前記和解契約によって初めて、そのうち七割相当額の五〇四六万九〇三四円について債権放棄がなされたものと認めるべきである。昭和五二年六月二八日付の本件放棄書は単に形式を仮装したものにすぎず、これをもって原告の真意による債権放棄がなされたと解することはできない。したがって、本件事業年度においては、未だ本件債権の金額を貸倒損失として損金に算入することは許されない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1のうち、表(二)の番号1、2及び3は認め、4のみを争う。

2  被告の主張2のうち、(一)の(1)ないし(4)の各事実は認め、(二)は争う。

3  本件債権は、昭和五二年六月二八日の時点で客観的に回収不能の状態にあり、原告も右時点では真実本件債権全部を放棄する意思を有していたのであり、そのために本件放棄書を作成してキヨに交付することにより右放棄の意思表示をなしたうえ、損金経理をしたものである。

その後、同年八月に至り、キヨがそれまでの方針を変更し、新会社を設立してキヨの債務の一部を引き受けて返済するとの方針を新たに提示し、新会社として設立したヘラルドにおいて一律に債権額の三割相当額を引き受けるなどの提案をしたため、原告としては既に本件債権を全額放棄してはいたものの、キヨの右方針の変化に対応して被告の主張2(一)(3)の和解契約を締結し、本件債権の三割相当額の債権について新たに債権者の地位に立つこととし、それに応じて右三割相当額については本件事業年度の翌年度の債権償却戻入益として収益に計上したのである。

したがって、本件放棄書作成後のキヨ及び原告の行動にかかわりなく、本件放棄書は真実の債権放棄の意思表示であると認めるべきであり、単に形式を仮装したにすぎないものではない。

もともと事業年度ごとに会計処理をすべき企業としては、取引先の倒産・整理という極めて流動的な状況に対処するに当たって貸倒れの判定もある程度経営者の主観的決断によらねばならないのはやむを得ないところであり、かつ、健全な企業経営を行うためには、不良債権は完全な回収不納をまつことなく相当程度回収不能のおそれが生じた時点で早期に貸倒れとして処理することが望ましいともいえるのであって、もし貸倒処理をした後に再び回収不能となった場合には、その時点でそれに応じた利益計上をすることにより不都合を避ければよいのである。原告は前記の和解契約の締結に応じ本件事業年度の翌年度において回収の余地があると見られる金額を新たに債権償却戻入益として収益の額に計上しているのであるから、この点から考えても原告の一連の会計処理は公正妥当なものであって何ら問題はないというべきである。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第三号証

2  証人熊谷孝雄の証言及び原告代表者尋問(第一回及び第二回)の結果

3  乙号各証の成立(第一ないし第六号証は原本の存在及び成立)はいずれも認める。

二  被告

1  乙第一ないし第六号証、第七及び第八号証の各一、二並びに第九号証

2  甲第一及び第二号証の成立(第二号証は原本の存在及び成立)は認める。第三号証の成立は不知。

理由

一  請求原因1(本件処分等)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件の争点である本権債権の貸倒損失の有無について判断する。

1  成立に争いのない甲第一号証、乙第七及び第八号証の各一、二、第九号証、原本の存在と成立に争いのない甲第二号証及び乙第一ないし第六号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第三号証、証人熊谷孝雄の証言、原告代表者尋問(第一回の一部及び第二回)の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  キヨは、カーステレオ等、弱電気製品の製造及び輸出を業務内容とする資本金約六四〇〇万円の会社で、代表取締役社長安富清之(以下「安富」という。)の個人的信用に主に依存して、対米輸出中心の営業をしていたが、昭和四九年のオイルショック以降対米輸出が不振に陥ったため、経営状態が悪化し、昭和五二年一月二五日には総額一〇〇億円近い債務を抱えて手形の不渡りを出し、翌二六日には本件会社整理申立がなされ、同月三〇日裁判所からキヨに対し財産保全の命令が出された。右の会社整理申立に伴って裁判所から選任された検査役は、キヨの財産状況等を調査したが整理の見込みは容易には立たず、このままでは破産に至るおそれもあるという状態であった。

(2)  そこで、安富は、キヨの破産という事態を回避する方策をとりつつ、折から同人がアメリカで発表したカーステレオ等の新製品の販売などを新会社に行わせることによって再建を図ろうと考え、同年六月一〇日ごろ、原告を含む主な大口債権者に対し、キヨの資産を新会社が引き継いで事業を継続し新製品等により利益をあげて弁済にまわすことにしたいが、キヨの債務をそのままにしておくのは事業の継続上障害となるので、いったんキヨに対する債権を放棄してくれるように要請した。この段階では、右新会社による再建及び弁済計画等が具体的にどのようなものになるかについては、まだ確たる見通しまでは得られなかったが、原告は、同月二八日付で本件放棄書を作成してこれをキヨに交付し、同時に、先にキヨから振出を受けていた額面合計七二〇九万八六一六円の約束手形一三通もキヨに返還した(本件放棄書が作成、交付されたことは当事者間に争いがない。)。しかし、キヨの全債権者中、債権額にして三分の一程度のものは右放棄に応じなかった。

(3)  同年八月ごろには、前記の会社整理申立事件についてキヨの財務状態や業績の見通し等に対する調査の結果も大分明らかとなり、検査役は、整理の見込みがない旨言明するに至った。このため、安富は、右申立を取り下げることとし、同月六日付で右取下げにつき原告らから同意書を作成してもらったうえ、その後右申立を取り下げた。そして、同日、原告とキヨ及び安富が代表取締役をしている東京商事の三者間において、東京商事が本件債権全額につき債務を引き受ける旨の契約書を取り交わした。もっとも、東京商事は、前記のいわゆる新会社ではなく、従前からあった安富の名義上だけの会社であり、右の債務引受契約なるものは、キヨの債務につき安富側が責任を負うという趣旨を明らかにしておく程度のものでしかなかった(右同意書の作成及び債務引受の事実は当事者間に争いがない。)。

(4)  一方、キヨは、本件放棄書が差し入れられた後もその総勘定元帳に右放棄に関する記載をせず、同年八月一九日開催の第二回債権者会議及び同年九月一四日開催の第三回債権者会議の案内状の発送に当たり、その発送先として作成した債権者名簿には、依然原告をキヨの債権者の一人として登載し、原告へも右債権者会議の各案内状を交付した。

(5)  右の第二回及び第三回債権者会議において、キヨの事業を安富を代表取締役とする新会社であるヘラルドが引き継ぐとともに、同社がキヨに対する原告らの債権の三割相当額の債務を引き受けて分割弁済し、その余の債権は事実上切り捨てる旨の弁済計画が協議決定された。原告も右協議決定に従い、同月一三日付でキヨ及びヘラルドとの間で、<1>原告がキヨに対し本件債権七二〇九万八六一六円を有することを確認する。<2>ヘラルドは本件債権のうち三割相当額二一六二万九五八二円について重畳的に債務引受をし、五回に分けて分割弁済する。<3>原告が右三割相当額の支払を受けた場合本件債権のうちその余の分を放棄する、などを内容とする債務弁済に関する和解契約を締結した。その後、キヨは、昭和五三年一月三一日付確認書をもって、本件債権については右和解契約に基づきその七割に相当する五〇四六万九〇三四円について放棄をしてもらったので同年五月末日をもってその旨の会計処理を行うことを原告へ通知した(右債務弁済に関する和解契約が結ばれたこと及びキヨが右の処理をしたことは当事者間に争いがない。)。

(6)  ヘラルドは、キヨの事業を引き継ぐ形で昭和五二年一二月ごろから営業を開始し、当初は新製品の輸出等により一応の業績をあげた時期がしばらくはあったものの、その後経営不振に陥り、昭和五四年五、六月ごろで営業を打ち切った。原告は、本件事業年度の翌年度の確定申告書添付の財務諸表に資産としてヘラルドに対する未収金二一六二万九五八二円(本件債権の三割相当額)を計上したが、その後、安富との合意により右未収金債権と安富の関連会社である訴外キヨクリスタル工業株式会社に対する原告の預り金債務八七五万七四〇〇円とを対当額で相殺した。

以上のとおり認められ、原告代表者の供述中右認定にそわない部分はたやすく採用しがたく、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

2  以上の事実に基づいて判断すると、原告が本件放棄書を差し入れた昭和五二年六月二八日当時、キヨそのものは債務超過で破産に類する状態ではあったものの、安富の才幹などにより新会社として再建して債務を弁済することが企画されており、それが見込みのないものでなかったことは、キヨの要請にもかかわらず債権放棄に応じなかった者の債権額が三分の一に達したことや、その後現実に新会社ヘラルドが設立されて当初は一応の業績をあげるに至ったことなどからも裏づけられるのであって、当時、本件債権の回収ができないことが客観的に確実であったとまでは認めがたい。また、本件放棄書の差入れは、本件債権の回収を断念する趣旨で行われたものではなく、むしろ、そのような形式をとることによって新会社による再建を容易ならしめ、本件債権をできるだけ回収するための方策として行われたものとみるのが相当である(約束手形までを返還したのは、原告代表者尋問(第一回)の結果から明らかなように、安富と原告代表者とが取引上昵懇の間柄で、しかも右手形がキヨの単名手形であったことを考えれば、右認定と何ら矛盾するものではない。)。原告の本件放棄書の差入れからヘラルドとの間の債務弁済に関する和解契約の締結に至るまでの経過は、原告とキヨないし安富との協力による事業再建のための一連の過程と評価すべきものであって、これを原告主張のように、本件放棄書による債権の確定的放棄とその後の和解契約による新たな債権の取得であるかのごとく分断して考察することは当を得ないものというべきである。これに反する前掲甲第三号証、証人熊谷孝雄及び原告代表者の各供述はいずれも採用しない。

以上要するに、本件債権は本件事業年度中には未だ客観的に貸倒れといえるまでには至っておらず、原告もこれを放棄したものとは認めることができない。本件事業年度の翌年度に締結された右債務弁済に関する和解契約も完全には履行されなかったことからすると、結果的には本件債権が当初から回収不能であったのと同じに帰着するかのようであるが、事業年度単位で損益の帰属を決定すべき法人税法の建前上右債権の回収不能を本件事業年度の損金に計上することはできない。

三  してみると、本件処分には原告主張の瑕疵はなく、本件処分の取消しを求める本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 泉徳治 裁判官 菅野博之)

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